愛の循環

親子から愛の連鎖

実家へのUターン〜親の愛に向き合う〜

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10年離れた実家へ戻ってきました。
実家に居場所がなかった私がまさか帰る日が来るなんて思ってもみなかった。



私は、一卵性双生児の妹の死と右腕のみの脳性麻痺と共に生まれました。
母方の初孫ということもあり、期待と親の居なくならないでという不安と愛情たっぷりと育てられたなーと。
愛情はたくさんもらったと思う。
その分そこに不安も一緒に乗っかってたけど。



愛はあった。


でも、当時は


敷かれたレールを歩かされる。
やりたいことをやらせてもらえない。
ことごとく否定される。
叩かれる。
怒鳴られる。
不安から過保護、過干渉、過放任になる。
あげく、お姉ちゃんでしょと突き放される。



そうやって不安ばかりを受け取ってた。



あげく、家出、不登校、ひきこもり、拒食、リスカ、タバコ、中退。
色々な問題を起こして親に『本当の私』を見てほしい、甘えたいという心の声が悲鳴をあげて事を起こす。


当の私はそんなの知る由もなく、親が悪い。環境が悪い。と正当化することに必死だった…。


私が10年前実家から離れた理由はまさに


『親から離れたい。逃げたい。』



親なんか嫌い。私のこと認めてくれない。
分かってくれない。否定されたくない。
という感情が強かった。



消えたい
なんで生きてるんだろう
生きづらい、生き苦しい



そんな事を感じながら、生きる意味を欲しながら。



ただ、助けてって、私を見てって。思ってることを伝える術は当時は持ってなかった。



だから大学入試と共にその環境から抜け出すため岡山の大学に行って。
その後も、実家へは帰っていたけど、10年という時間が経つにつれて私の居場所はさらになくなっていき。



実家に帰ってるのにそわそわする。
仕事を休んで実家にいる私を許可できない。
居心地が悪い。



岡山に戻ると帰ってきたと思う。



私にとって実家って帰りたいけど帰れない場所。





ボディワークや瞑想と出会ってから


心と体の声を聞けるようになてきて



愛ってなんだろう?
私は愛されていた?



と自己愛の形成と共に親子の関係性の探究が始まった。





苦しかった。
我慢してた。
甘えたいと思った。
でも甘えちゃダメだって思った。
いい子でいることが私のアイデンティティ
でも私を見てほしいから問題を起こす。

消えたい、なんで生きてるんだろうの疑問。
悲劇のヒロインになることの安心感。




それが、私が幼き日で掴んだ親の愛(目)を勝ち取るパターンの日々。



そこからいい子でいるためにはの頭でっかちな私が居て。
心の声も体の声も完全に無視してたことに気づいた時は衝撃以外のなにものでもない。





その癖は大人になってからはさらに激しく。
仕事でも無理を始め、出社拒否になった。




仕事を休み始めたことで私が私のために時間を使うことができるように変化が起き始めてきた。






そんな時に出会ったこの映画が大きなパラダイムシフトをもたらせてくれたのです。



真白の恋
http://mashironokoi.com/

www.youtube.com

軽度の知的障害を持つ女の子が恋をする話。
田舎のしがらみや世間体を気にする家族のつながり。



軽度の脳性麻痺と私が生まれ育った田舎の風習を重ね合わせながら見てた。





その映画を見てフッと思い出した母親の言葉。



『お前は、将来好きな人と結婚できないかもしれないよ。
結婚する人が右手の障害を良しとしても、家族や親戚に反対されるかもしれない。
そしたら、結婚できないかもしれない。』



小学生の当時の私からしたら相当ショックだった。



でも



母は私が幸せな人生を送れるのか不安だった。



"愛されてないわけじゃない。
私が欲しかった(欲しい)愛情じゃなかっただけ。"









そこに気づくことができました。




私は私を幸せにする選択を自ら選ばないようにしてた。
それが生きづらさに繋がっていたことに気づいたら少しずつ私を好きになるようになっていったんです。